其の錬金術師は夜に歌う(七)

 歓楽街の店舗は、ほとんどが男性を客の対象とした商売をしている。夜に出歩く女性というのも少なく、ほとんどがそういった店舗の従業員だ。故に、カジュアルな格好をした女性二人組というのは非常に目立つ。それだけで、所謂アングラ系の連中から声がかかると読んでいたキャロルだったが、そう上手く事が運ぶわけもなく、気づけば小一時間散歩を続けてしまっていた。せっかく男を釣るんだから、とリザに履くようリクエストしたミニスカートもにべなく却下されてロングスカートになっている。上手くいかない時は、とことんいかないものだ。
 人通りの多い表通りから少し裏手の細い路地にさしかったところで一度戻るかと提案しかけた。その頃合いで真向かいから酔っ払いの男がこちらを指差してくるのが見える。本当に、上手くいかない。
「お、かわいい〜! 美女二人組発見!」
 上機嫌な男は、身なりからして事務系の定職に就いていそうだ。着崩しているものの、スーツ姿だった。キャロルはため息をつく。
「うっざ」
 小さく呟くと、隣のリザに肘で小突かれた。
「何? 姉妹?」
「そう見えるかしら?」
「んー、系統違うけど」
 愛想よく対応したリザに気をよくしたのか、男は大げさな動作で腕を組んで考えこむ。ややあって、リザとキャロルを順番に指差す。
「お姉ちゃんは正統派美女! 妹ちゃんは小悪魔系!」
「小悪魔ってなんだよ!」
 憤るキャロルに、男は甲高い声で笑った。
「いーなあ、俺も美女に生まれたかったー!」
「じゃあ、来世に期待だね」
「小悪魔!」
「うっせ」
 無遠慮にキャロルの二の腕を叩く男の手を払い、持っていたバッグからタバコを取り出す。途端、男の顔が不機嫌に歪んだ。
「おー、小悪魔ちゃん、タバコとか吸うんだ? うえー……」
 すっかり意気消沈してしまった男は、そのまま来た道を戻っていってしまう。どうも、タバコを吸うような女はお呼びじゃないらしい。
「小悪魔ってのやめろよ……」
 タバコを一本咥えたまま、キャロルが呆れて呟いた。
キャロ
「いいじゃん。こんくらいの方がそれっぽいでしょ」
 咎めるリザに構わず、ライターで火をつける。
「それっぽいって……」
「任務上、仕方なくだよ。仕方なく」
 煙を吐き出しながら適当に答えると、リザは眉を寄せる。
「あなた、そういう言い訳が中佐に似てきたわよ」
「嘘っ!? やば、怖いこと言わないでよ」
「冗談でもないけど」
 慌てて狼狽えたものの、思い当たるところがないでもない。面倒になると適当な言葉で言いくるめようとするところは、キャロルの嫌いなロイの癖だ。
「んなことないって。あたしは、|如何《いか》にして効率的に成果を得るかってのを考えているだけ」
「同じこと、中佐からも聞いたことあるわ」
「嘘でしょ……」
 返した言葉も、あっさり切り捨てられる。
「どうしよ、あたしもあんな大人になるのかな……」
 言いながら思い浮かべるのは、業務時間中のロイの姿だ。書類の処理は面倒がって進まないくせに、業務時間外の予定はまめに組んでいる。子供の頃は尊敬していたはずなのだが、ここ最近はその頃の気持ちを思い出せなくなっていた。
「どうかしらね。あなたたち、似ているようで似ていないから」
 同じような光景を思い浮かべたのか、リザが苦悶の表情で絞り出すように言う。
「あ、そう? 良かったー」
「そんなに安心しなくても……」
 多少呆れたようにして言うリザの横で煙を吐いた。途端、背後から軽く肩を叩かれる。
「お、いいの吸ってんねえ、お姉さん」
「ん」
 振り返ると、いかにもな出で立ちの大柄な男がこちらを見下ろしていた。スキンヘッドと眉に二つつけたボディピアスが特徴的か。何らかの図案を模した刺青が身体中に入っているらしく、露出した首元と腕からその片鱗をのぞかせている。
「おー、おー、随分可愛い顔してんじゃねーの」
 キャロルの顔を舐め回すようにして見た男は、それからキャロルのタバコを取り上げた。
「いかついの吸っちゃって、まあ」
 そのまま一口吸った後、顔を顰める。
「何かご用かしら?」
 男だけでなく、リザも不快そうに顔を顰めていた。訊ねると、彼は楽しそうにズボンのポケットから何かを取り出す。
「いいタバコがあるんだよ。興味ないかい?」
 言いながら、男はタバコをふかした。広がる煙に、今度はキャロルが顔を顰める。男が取り出したのはタバコの箱だ。思わず凝視する。
「へえ、どういうの?」
「最ッ高に気持ちよくなれるヤツだ」
 常套文句だ。違法薬物の類は、そういう評価や使い方をされることが多い。ただ、男の持っているタバコはごく普通のものであるようにしか見えない。
「うっわ、いかにもじゃん」
 キャロルが呆れて吐き捨てると、男は大げさな笑い声を立てる。そのまま二人の背後に回り、肩を抱くようにして叩いた。
「|一万五千センズ《イチゴ》で一箱」
 キャロルの顔の横でタバコの箱が揺れる。
「案外安いね」
「まさか。吸ったら試したくなるだろ? 夜のお供もセットだよ」
 なるほど、よくできた商売だ、と半ば感心してしまった。真横でリザがあからさまに嫌そうな顔をしていなければ、そのまま口に出していたかもしれない。
「二人で相手してくれんなら、もうちょっと引いてやってもいいけど」
「考えておくわね」
 ゴミでも払うように、リザは男の手を払った。その反応がお気に召したらしく、男はまた大げさに笑う。
「数量限定だぜ」
 最後にキャロルの背中を二度ほど叩き、男は笑い声をあげながら去っていった。
「なんとなーく、それっぽいの出てきたね」
 叩かれた背中を摩りながら、男の背中を睨みつける。
「ええ。一度持ち帰りましょう」
「んだね。旗色悪くなってきたわ」
 大げさに騒ぎ立てた男のせいだろうか、どこからか似たような雰囲気の男たちが寄ってきている。あの男の不穏な言葉を思い起こし、なるべく人通りの多い道を選んで抜けることにした。


#鋼の錬金術師 #-其の錬金術師は夜に歌う
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