それから数日後のことだった。メグに無理矢理押し付けられた形で預かった、アンマルチア族の通信機が反応を見せた。使い方は事前にメグから教わっていたものの、咄嗟のことで慌ててしまった。しかし、よくよく冷静になって読み解いてみれば彼女たちが危機であるらしい。火急の件、などと切り出してはいるが、何らかの事件が起こったというくらいしか伝わらない文面で、詳細を把握できなかった。それを要望する旨を伝えたはずなのだが、それから一日経っても返事がない。急に不安になってきたあたりで、そろそろ潮時かと帰り支度を始めたのだ。
「えっ!? もう、戻るのか!?」
ラント邸を出る際になって、慌てたアスベルに呼び止められる。フレデリックにだけ言伝を頼んで行こうと思ったのだが、儘ならない。
「ええ。向こうで何かあったみたいで……詳細を送ってくれと言ったんですが、それきり音沙汰がなくて」
言って通信機を見せると、アスベルは納得したのか「ああ」と声を漏らす。
「でも、メグがいるんだろう? 大丈夫じゃないか?」
「兄さんは、メグを過信しすぎです。態度は一人前ですが、中身は間が抜けているというか……」
「そこまで言うほどじゃないだろう」
「ともかく、戻って様子を見ないことには」
首を振ると、兄が苦笑する。
「本当に、心配性だな」
「そうですか?」
幾分癪に障って返すと、アスベルは満足そうに頷いた。
「おまえのそういうところは、母さんにそっくりだ」
確かに、小さい頃から母は心配性だとは思っていた。まさか、似ていると評されるとは思っていなかったが。
「兄さんの無鉄砲なところは誰に似たんでしょうね」
「無鉄砲って……」
言い返すと、兄はがっくりと項垂れてしまった。小さい頃の彼ならば、噛み付いてくるだろう場面だな、と考えてやめる。そんな暇はなかった。
「とにかく、また暇を見てきますから。しっかり仕事はこなしていてくださいね」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
頷いたアスベルとは対照的に、その傍らのソフィは不満顔だった。
「ヒューバート、もう帰っちゃうの?」
あからさまに沈んだ声を出したソフィは、言って俯く。嬉々として礼儀作法をアスベルから学ぶ様といい、彼女も明らかに以前とは変化している。その影響というのは、多分にアスベルからのものであろうと思うと、休暇を使ってここまで来ておいて良かったとも思う。迷いは吹っ切れた。
「ええ。また来ますよ。今度はソフィの礼儀作法の成果も見せてもらいますから」
ソフィの肩に手を置いて言うと、彼女はぱっと顔を上げる。
「うん。ちゃんと練習しておくね」
機嫌の治ったソフィにほっと胸を撫で下ろす。それはアスベルも同様らしい。きっと、似た表情をしていただろう彼に向けて、いつものように一言くれてやる。
「兄さんが講師で、どこまで上達するか……」
「早く行けよ、もう!」
「はいはい」
むきになって返してくる兄に満足して踵を返す。そのまま行けばいいだけなのだが、思い立ってそのままの姿勢で口を開いた。
「兄さん」
「何だ?」
「ありがとう、ございました。少し、整理がついた気がします」
「何の話だ?」
要領を得ていないだろう兄の返答は、予想通りだ。満足して首を振る。
「いえ、何でもありません」
そのまま、出て行こうと足を踏み出した瞬間だった。向かい側から勢い良く民兵が走り込んできた。驚いて足を止めたが、彼はヒューバートには目もくれずにアスベルの方へと向かう。それを目で追った。
「アスベル様!!」
「どうした?」
気色ばんだ民兵の様子に、さすがのアスベルもただ事ではないと感じ取ったらしい。落ち着いた様子で訊ねた彼に、それとは対照的な態度の民兵が口早に説明する。
「す、すみません……その、港に賊が出まして。現在応戦中ですが、どうも劣勢のようなんです」
それだけ伝われば充分だ。判断して踵を返す。
「ぼくが行きます。港にはどうせ行く予定でしたから」
「わたしも行く!」
素早く判断したのはソフィも同じようだった。彼女より少し早く屋敷の扉を開ける。日差しは思ったよりもきつく、思わず目を細めた。目が慣れた頃に入り込んだ光景は、見慣れた庭に整然と並ぶ民兵隊の姿だった。これは、きっとラント領主の視界だろうか。一瞬だけ感慨にふけったヒューバートを呼び戻したのは、ラント領主の声だった。
「頼む。後から俺も出よう」
背後からかけられた声は、紛う事なき領主のものだ。改めて、足を踏み出す。
#TOG #-第一話
「えっ!? もう、戻るのか!?」
ラント邸を出る際になって、慌てたアスベルに呼び止められる。フレデリックにだけ言伝を頼んで行こうと思ったのだが、儘ならない。
「ええ。向こうで何かあったみたいで……詳細を送ってくれと言ったんですが、それきり音沙汰がなくて」
言って通信機を見せると、アスベルは納得したのか「ああ」と声を漏らす。
「でも、メグがいるんだろう? 大丈夫じゃないか?」
「兄さんは、メグを過信しすぎです。態度は一人前ですが、中身は間が抜けているというか……」
「そこまで言うほどじゃないだろう」
「ともかく、戻って様子を見ないことには」
首を振ると、兄が苦笑する。
「本当に、心配性だな」
「そうですか?」
幾分癪に障って返すと、アスベルは満足そうに頷いた。
「おまえのそういうところは、母さんにそっくりだ」
確かに、小さい頃から母は心配性だとは思っていた。まさか、似ていると評されるとは思っていなかったが。
「兄さんの無鉄砲なところは誰に似たんでしょうね」
「無鉄砲って……」
言い返すと、兄はがっくりと項垂れてしまった。小さい頃の彼ならば、噛み付いてくるだろう場面だな、と考えてやめる。そんな暇はなかった。
「とにかく、また暇を見てきますから。しっかり仕事はこなしていてくださいね」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
頷いたアスベルとは対照的に、その傍らのソフィは不満顔だった。
「ヒューバート、もう帰っちゃうの?」
あからさまに沈んだ声を出したソフィは、言って俯く。嬉々として礼儀作法をアスベルから学ぶ様といい、彼女も明らかに以前とは変化している。その影響というのは、多分にアスベルからのものであろうと思うと、休暇を使ってここまで来ておいて良かったとも思う。迷いは吹っ切れた。
「ええ。また来ますよ。今度はソフィの礼儀作法の成果も見せてもらいますから」
ソフィの肩に手を置いて言うと、彼女はぱっと顔を上げる。
「うん。ちゃんと練習しておくね」
機嫌の治ったソフィにほっと胸を撫で下ろす。それはアスベルも同様らしい。きっと、似た表情をしていただろう彼に向けて、いつものように一言くれてやる。
「兄さんが講師で、どこまで上達するか……」
「早く行けよ、もう!」
「はいはい」
むきになって返してくる兄に満足して踵を返す。そのまま行けばいいだけなのだが、思い立ってそのままの姿勢で口を開いた。
「兄さん」
「何だ?」
「ありがとう、ございました。少し、整理がついた気がします」
「何の話だ?」
要領を得ていないだろう兄の返答は、予想通りだ。満足して首を振る。
「いえ、何でもありません」
そのまま、出て行こうと足を踏み出した瞬間だった。向かい側から勢い良く民兵が走り込んできた。驚いて足を止めたが、彼はヒューバートには目もくれずにアスベルの方へと向かう。それを目で追った。
「アスベル様!!」
「どうした?」
気色ばんだ民兵の様子に、さすがのアスベルもただ事ではないと感じ取ったらしい。落ち着いた様子で訊ねた彼に、それとは対照的な態度の民兵が口早に説明する。
「す、すみません……その、港に賊が出まして。現在応戦中ですが、どうも劣勢のようなんです」
それだけ伝われば充分だ。判断して踵を返す。
「ぼくが行きます。港にはどうせ行く予定でしたから」
「わたしも行く!」
素早く判断したのはソフィも同じようだった。彼女より少し早く屋敷の扉を開ける。日差しは思ったよりもきつく、思わず目を細めた。目が慣れた頃に入り込んだ光景は、見慣れた庭に整然と並ぶ民兵隊の姿だった。これは、きっとラント領主の視界だろうか。一瞬だけ感慨にふけったヒューバートを呼び戻したのは、ラント領主の声だった。
「頼む。後から俺も出よう」
背後からかけられた声は、紛う事なき領主のものだ。改めて、足を踏み出す。
#TOG #-第一話