中心街へ向かったはずだが、どういうことか周りは同じ服を着た人間ばかりだった。恐らく、道に迷ったのだろう。とはいえ、そう遠くまで来ているような気はしない。それに、今まで走った道は全部覚えている。大丈夫、大丈夫だ、と自分に言い聞かせて走り続けていた。
きょろきょろと辺りを見回しながら走っていたせいか、突然何かにぶつかる。それに跳ね返されて、思わず尻餅をついてしまった。
「わっ!? な、何だ、どうした!?」
どうやら人だったらしい。しかも、先ほどの男達と同じ服を着た青年だ。先ほどの男よりも幾分背は低そうだが、メグが階級章と言ったあたりについているのは、彼らと違って豪華なものに見える。読みが外れていなければ、彼は当たりだ。
「あ、あのっ、友達が……変な人に捕まって、その人……軍服着てたんですけど、その」
青年将校はヒューバートの言葉に顔をしかめていたが、緊迫感は伝わったのだろうか、やがて頷くとヒューバートの手を取って助け起こしてくれた。
「分からんが、分かった。どの辺りだ?」
「あ、あっちです」
言われるがままに、正直にその方角を指差す。緊張した。
「何だと?」
やはり、声色が変わる。立入禁止区域に無断で入った挙げ句、暴漢に誘拐され襲われたなんて話を信じてくれても彼にできることはないかもしれない。それでも、賭けるしかなかった。そうでもしなければ、メグは救えない。厳しい面持ちの青年を見上げ、緊張からか生唾を飲み下す。
「少佐、いかがされました?」
青年将校の後ろから、暢気な声がかかる。どうやら、部下の軍人らしい。少佐、と聞いて彼が難しい顔をしていたわけが分かった。ナントカ将軍というレベルでなければ立ち入れない、とあの男は言っていた。ということは、この少佐は立入禁止区域に立ち入れるような階級ではない。そもそも将軍が街をうろついていることもないだろうし、佐官であっただけでも当たりではあるのだが、少佐というと難しいかもしれない。
「とりあえず、区域に入るくらいならできる。その先は少年、友達のところまで、案内できるか?」
だが、青年将校は考えた挙げ句にそう言ってくれた。一瞬呆けていたヒューバートは、慌てて頷く。
「は、はい!」
先を歩く青年将校の後ろに、ぴったりと付いて行く。
「ま、待ってください、少佐! そっちは」
かけられた部下の言葉にも彼は怯まず、ずんずんと進んで行く。
「子供の命がかかっているんだ! 罰があるのなら、終わった後で甘んじて受ける!」
「少佐!!」
一度だけ後ろを振り向くと、部下の青年は諦めたようにため息をついてから踵を返していった。
水路なら少佐階級でも進入できる、というようなことを言っていた青年将校は、それきり一言も発さずに進んで行く。立入禁止区域の近くに水路の出入り口があり、そこから広い水路を徒歩で行く。最初に見つけたはしごを使って地上に上がると、そこは先ほどまでメグがいた建物の辺りだった。彼女の血痕を追い、辿っていくとすぐに彼女たちを見つけることができた。然程移動はしていなかったが、ぐったりとしたメグの腕が気にかかって仕方がない。今にも飛び出そうというヒューバートを制した青年将校は、携えていた剣を抜き、静かに男の背後へ近寄って行く。
「ここで、何をしているんだ?」
ぴたりと男の首筋に剣先が宛てられ、男は一瞬肩を震わせる。
「何!?」
男が振り向いた瞬間、ぴっと血が飛んだ。青年将校が斬りつけたわけじゃない。男の方が振り向いた瞬間に刃先に触れてしまったのだ。慌てて後ずさる男から、青年将校は剣を一旦退く。
「な、なんで軍人が……ここに? 嘘だろ、ここには……誰も入れないはずだ」
「貴様には、少女を甚振る趣味でもあるのか?」
一旦剣を退いた青年将校は、ちらりと背後を見遣ると再び男の鼻先に剣を突きつける。
「おい」
「はっ」
彼が声を掛けると、ヒューバートの横から素早く軍人が進み出る。
「連行しろ。現行犯だ」
「了解」
彼が来た方を見ると、あと数人の軍人たちが次々にこちらへ進み出て来る。男を素早く確保し、血まみれのメグを助け起こす。
「知りませんよ、少佐。見切り発車で行動して」
「まあまあ、少女の命が助かったんだから、良しとしよう」
先ほど、溜め息を吐いていた部下に向けて安堵の息を漏らした青年将校は、抜いていた剣を収めてから血まみれの少女に向き直る。血は被っているものの、立つことはできるのだから怪我の具合はそう深刻なものではないようだ。
「なあ。君はなんという名前かな?」
「メグ……です。メグ・ベレスフォード」
「ベレスフォード卿の所の、ご令嬢かな」
メグは、力なく頷く。
「そうか。良かった、助かって。君の平和を脅かすものはもういなくなった、と父君に伝えておいてくれ」
「はあ……」
ため息のようにして漏らした声に、慌てて彼女に駆け寄る。傷を見ると、少し抉られたような跡があった。さっきまでぐったりしていたのは、もしかしたら気を失っていたのかもしれない。
「しかし、随分勇敢な騎士君を連れているんだね」
「え?」
部下にてきぱきと指示を飛ばしていた青年将校が、ふと気づいてメグに声をかけた。
「危険を省みず、私に助けを求めてきたんだよ。彼が」
驚いて目を丸くしたメグは、そのままヒューバートの腕を掴んだ。
「ヒュー君……逃げてくれたんじゃなかったの?」
「だって、だって……ぼくだけじゃ、どうにもならなかったし……でも、メグをこのままにして帰れないし……」
さっきまでの絶望感と焦燥感と緊張と、そして安堵が綯い交ぜになって、自然と涙が溢れて来る。メグに腕を掴まれているので、拭うこともできない。
「よ、良かった……メグが、無事で良かった……」
「何でヒュー君が泣くのよ」
「だって……」
怒ったような顔をしたメグと対照的だ、と自分でも思う。怖い思いをしたのはメグの方だったのに、これじゃああべこべだった。
「君も、男なら人前で泣くんじゃないよ」
青年将校がヒューバートの頭を軽く叩く。
「良い男が台無しだ。せっかく機転の利くいい頭を持っているのに、もったいない」
「す……すみません」
謝ったものの、一度褒められたこともあって照れてしまう。満足そうにもう二度ほどヒューバートの頭を叩いた彼は、すっかり撤収の体を見せている部隊を見送ってから傍らの部下に声をかける。
「よし。それじゃあ、中尉よ。帰ろうか」
「はあ……気が重いです」
清々しい表情の将校と対照的な部下の2人組は、そのままさっさと歩いて行ってしまう。
「あの、ありがとうございました。お名前は?」
慌てたメグが声をかけるも、聞こえているのかいないのか、それには答えずに行ってしまった。
「行っちゃったね……」
「うん……」
取り残されたのは、血まみれの二人だけだ。いつの間にか、メグの腕から血は流れてこなくなっている。そういえば、将校に付いていた部下がいた。彼がメグの治療をしていてくれたのかもしれない。妨げにならないよう、青年将校が世間話でもしていてくれたのだろう。随分手際のいい連中だった。メグに名乗らなかったのも、ヒューバートたちを家まで送ることをしなかったのも、この事件をなかったことにしたい、という意図があるからだろうか。
「ヒュー君」
「な、何?」
ぼんやりと考えていたヒューバートを、メグが現実に引き戻す。彼女は、今までに見た事のないくらい真剣な表情をしていた。
「おうちまで、ちゃんと送っていくからね」
「い、いいよ! 一人で帰れるし」
何だか男女が逆転しているようで、少し嫌だった。慌てて首を振るが、彼女はうんとは言わなかった。
「そういうわけにはいかないよ。私が連れ出したんだから、ちゃんとおじさまに怒られないといけないし……」
そう呟いたメグには、焦りとも思える表情が見て取れた。ちゃんと怒られないといけない、という辺りが何か引っかかる。
#TOG #-Pre-Episode
きょろきょろと辺りを見回しながら走っていたせいか、突然何かにぶつかる。それに跳ね返されて、思わず尻餅をついてしまった。
「わっ!? な、何だ、どうした!?」
どうやら人だったらしい。しかも、先ほどの男達と同じ服を着た青年だ。先ほどの男よりも幾分背は低そうだが、メグが階級章と言ったあたりについているのは、彼らと違って豪華なものに見える。読みが外れていなければ、彼は当たりだ。
「あ、あのっ、友達が……変な人に捕まって、その人……軍服着てたんですけど、その」
青年将校はヒューバートの言葉に顔をしかめていたが、緊迫感は伝わったのだろうか、やがて頷くとヒューバートの手を取って助け起こしてくれた。
「分からんが、分かった。どの辺りだ?」
「あ、あっちです」
言われるがままに、正直にその方角を指差す。緊張した。
「何だと?」
やはり、声色が変わる。立入禁止区域に無断で入った挙げ句、暴漢に誘拐され襲われたなんて話を信じてくれても彼にできることはないかもしれない。それでも、賭けるしかなかった。そうでもしなければ、メグは救えない。厳しい面持ちの青年を見上げ、緊張からか生唾を飲み下す。
「少佐、いかがされました?」
青年将校の後ろから、暢気な声がかかる。どうやら、部下の軍人らしい。少佐、と聞いて彼が難しい顔をしていたわけが分かった。ナントカ将軍というレベルでなければ立ち入れない、とあの男は言っていた。ということは、この少佐は立入禁止区域に立ち入れるような階級ではない。そもそも将軍が街をうろついていることもないだろうし、佐官であっただけでも当たりではあるのだが、少佐というと難しいかもしれない。
「とりあえず、区域に入るくらいならできる。その先は少年、友達のところまで、案内できるか?」
だが、青年将校は考えた挙げ句にそう言ってくれた。一瞬呆けていたヒューバートは、慌てて頷く。
「は、はい!」
先を歩く青年将校の後ろに、ぴったりと付いて行く。
「ま、待ってください、少佐! そっちは」
かけられた部下の言葉にも彼は怯まず、ずんずんと進んで行く。
「子供の命がかかっているんだ! 罰があるのなら、終わった後で甘んじて受ける!」
「少佐!!」
一度だけ後ろを振り向くと、部下の青年は諦めたようにため息をついてから踵を返していった。
水路なら少佐階級でも進入できる、というようなことを言っていた青年将校は、それきり一言も発さずに進んで行く。立入禁止区域の近くに水路の出入り口があり、そこから広い水路を徒歩で行く。最初に見つけたはしごを使って地上に上がると、そこは先ほどまでメグがいた建物の辺りだった。彼女の血痕を追い、辿っていくとすぐに彼女たちを見つけることができた。然程移動はしていなかったが、ぐったりとしたメグの腕が気にかかって仕方がない。今にも飛び出そうというヒューバートを制した青年将校は、携えていた剣を抜き、静かに男の背後へ近寄って行く。
「ここで、何をしているんだ?」
ぴたりと男の首筋に剣先が宛てられ、男は一瞬肩を震わせる。
「何!?」
男が振り向いた瞬間、ぴっと血が飛んだ。青年将校が斬りつけたわけじゃない。男の方が振り向いた瞬間に刃先に触れてしまったのだ。慌てて後ずさる男から、青年将校は剣を一旦退く。
「な、なんで軍人が……ここに? 嘘だろ、ここには……誰も入れないはずだ」
「貴様には、少女を甚振る趣味でもあるのか?」
一旦剣を退いた青年将校は、ちらりと背後を見遣ると再び男の鼻先に剣を突きつける。
「おい」
「はっ」
彼が声を掛けると、ヒューバートの横から素早く軍人が進み出る。
「連行しろ。現行犯だ」
「了解」
彼が来た方を見ると、あと数人の軍人たちが次々にこちらへ進み出て来る。男を素早く確保し、血まみれのメグを助け起こす。
「知りませんよ、少佐。見切り発車で行動して」
「まあまあ、少女の命が助かったんだから、良しとしよう」
先ほど、溜め息を吐いていた部下に向けて安堵の息を漏らした青年将校は、抜いていた剣を収めてから血まみれの少女に向き直る。血は被っているものの、立つことはできるのだから怪我の具合はそう深刻なものではないようだ。
「なあ。君はなんという名前かな?」
「メグ……です。メグ・ベレスフォード」
「ベレスフォード卿の所の、ご令嬢かな」
メグは、力なく頷く。
「そうか。良かった、助かって。君の平和を脅かすものはもういなくなった、と父君に伝えておいてくれ」
「はあ……」
ため息のようにして漏らした声に、慌てて彼女に駆け寄る。傷を見ると、少し抉られたような跡があった。さっきまでぐったりしていたのは、もしかしたら気を失っていたのかもしれない。
「しかし、随分勇敢な騎士君を連れているんだね」
「え?」
部下にてきぱきと指示を飛ばしていた青年将校が、ふと気づいてメグに声をかけた。
「危険を省みず、私に助けを求めてきたんだよ。彼が」
驚いて目を丸くしたメグは、そのままヒューバートの腕を掴んだ。
「ヒュー君……逃げてくれたんじゃなかったの?」
「だって、だって……ぼくだけじゃ、どうにもならなかったし……でも、メグをこのままにして帰れないし……」
さっきまでの絶望感と焦燥感と緊張と、そして安堵が綯い交ぜになって、自然と涙が溢れて来る。メグに腕を掴まれているので、拭うこともできない。
「よ、良かった……メグが、無事で良かった……」
「何でヒュー君が泣くのよ」
「だって……」
怒ったような顔をしたメグと対照的だ、と自分でも思う。怖い思いをしたのはメグの方だったのに、これじゃああべこべだった。
「君も、男なら人前で泣くんじゃないよ」
青年将校がヒューバートの頭を軽く叩く。
「良い男が台無しだ。せっかく機転の利くいい頭を持っているのに、もったいない」
「す……すみません」
謝ったものの、一度褒められたこともあって照れてしまう。満足そうにもう二度ほどヒューバートの頭を叩いた彼は、すっかり撤収の体を見せている部隊を見送ってから傍らの部下に声をかける。
「よし。それじゃあ、中尉よ。帰ろうか」
「はあ……気が重いです」
清々しい表情の将校と対照的な部下の2人組は、そのままさっさと歩いて行ってしまう。
「あの、ありがとうございました。お名前は?」
慌てたメグが声をかけるも、聞こえているのかいないのか、それには答えずに行ってしまった。
「行っちゃったね……」
「うん……」
取り残されたのは、血まみれの二人だけだ。いつの間にか、メグの腕から血は流れてこなくなっている。そういえば、将校に付いていた部下がいた。彼がメグの治療をしていてくれたのかもしれない。妨げにならないよう、青年将校が世間話でもしていてくれたのだろう。随分手際のいい連中だった。メグに名乗らなかったのも、ヒューバートたちを家まで送ることをしなかったのも、この事件をなかったことにしたい、という意図があるからだろうか。
「ヒュー君」
「な、何?」
ぼんやりと考えていたヒューバートを、メグが現実に引き戻す。彼女は、今までに見た事のないくらい真剣な表情をしていた。
「おうちまで、ちゃんと送っていくからね」
「い、いいよ! 一人で帰れるし」
何だか男女が逆転しているようで、少し嫌だった。慌てて首を振るが、彼女はうんとは言わなかった。
「そういうわけにはいかないよ。私が連れ出したんだから、ちゃんとおじさまに怒られないといけないし……」
そう呟いたメグには、焦りとも思える表情が見て取れた。ちゃんと怒られないといけない、という辺りが何か引っかかる。
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