プロローグ

 やけに凝った置物だ、とイザベラ・アークライトは棚に並んだ数々の置物を眺めて思った。そのいちいちに某かの勲章である、と付けられている。これを市にでも持っていったら、どんな値がつくのだろうか。軍人の価値というのは、一般のそれとは違うのだろうな、と丁寧に並んだそれを鼻で笑った。

 ややあって、女性の「失礼いたします」という声がかかる。開いたドアの方を見ると、悠々と奥から中年の大男が現れる。ようやくか、と思ったが努めて顔に出ないようにする。
「ごきげんよう、おじさま」
 幼少の頃から鍛えた愛想笑いを張り付けて、頭を下げる。
「何だ、誰かと思ったら……アークライト嬢か。久しいな」
 一気に表情が緩んだ大男は、どっかりとソファに腰掛ける。いかつい顔をしているが、これでも彼は笑っているつもりなのだ。
「ええ、本当に。おじさまが気落ちされているのではないかと気になって、訪ねてきたんですのよ」
「どういうことだ」
 彼に倣ってイザベラもソファに腰掛ける。彼とは対照的に大人しく、音を立てないように。そうすると、メイドの女性がイザベラの前にカップを静かに置いた。
「アンジーに続いてギルバートまで……お可哀想なことですわ」
「ああ……そうか、そういうことか」
 幾分辟易としているようだった。娘の戦死にも動じなかったというこの将校は、お悔やみの言葉に慣れてしまっているらしい。
「おじさまはご存知? アンジーもギルバートも、誰の為にこんな目に遭ったのか?」
 大男を見据えて訊ねると、彼は眉間に皺を寄せてから口を開く。
「アンジェリカのことは非常に残念ではあるが、軍人として生きた以上は仕方のないことだ。誰を恨んでも始まらん。ギルバートは……あれは、軍人に向かなかった。私の落ち度だ」
「果たしてそうかしら?」
 眉間の皺を一層深くした大男は、イザベラを睨みつけるようにする。
「アンジェリカはあのベレスフォードの娘を庇って亡くなられたのよ。ギルバートだって、あの娘に陥れられて……」
「イザベラ、やめなさい」
 嗜めるようにしているが、彼の瞳からは動揺の色が見て取れる。しめた、と思った。やはりこの男は、娘の死にも息子の逮捕にも納得がいっていなかったようだ。まるで自分の責を感じているようなふりをして、イザベラは首を振る。
「いいえ。おじさま、これはアークライトの不祥事でもあるの。この責任は私に取らせてちょうだい」
「不祥事とは……どういうことだ?」
 俯いたイザベラは、笑いを堪えるのに必死だった。こうも、思い通りになるとは思っていなかったからだ。
「あの娘……メグベレスフォードは最初からこうなるよう仕組んで行動していたんですのよ。おじさまは踊らされていただけ。何とお可哀想なことかしら」
 肩を震わせていると、がたん、と少し派手な音がする。ややあって、肩に衝撃があった。彼に叩かれたらしい。軽く叩いたつもりなのだろうが、イザベラには充分な衝撃だった。
「詳しく、聞かせてもらおうか」
「ええ、もちろんそのつもりですわ」
 顔を上げて、頷く。彼の表情は、憎悪に満ちた良い表情だ。


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