軍の演習場で新人に稽古をつける、というと暢気な仕事のように思える。が、彼らは歴とした軍人であり、素人相手に一から稽古をつけるのとは勝手が違う。煇術が得意である者、剣を使う者、中には変わった飛び道具なんていうのもあるが、その一々に手こずらせてもらっていた。これなら、魔物相手に全力でかかった方が何倍も楽だ。詰まり、手加減をして何戦もこなせというわけだ。何度目かの休憩を貰い、なるべく目立たないように隅の方で演習を観察していたヒューバートは、あと何時間かかるのか算段を立てていた。
「失礼、ヒューバート・オズウェル君っていうのは、あなたかしら?」
背後からの声に驚き、振り返る。どこかで見たような顔をした女性が、にこやかにこちらを見ていた。
「え? ええ……そうですが。ここは一般人の立ち入りは禁止しているはずですよ」
「ええ、知っているわ」
頷いた彼女は、ヒューバートに近寄ってくる。手慣れた仕草でヒューバートの腕を肘から手首まで流れるように撫で付ける。女性からそんな扱いを受けることがないではないがーーそしていつまで経っても慣れることはないがーー、彼女の場合は少し違う。じっとヒューバートの手首あたりを見つめている。
「何ですか?」
慌てて手を背後に隠した。女性はぱっと手を引き、またにこりと愛想笑いをする。
「一つ、あなたに忠告をしておこうと思って」
声を落とした彼女は、穏やかな声音のまま真剣な表情に変えて続ける。
「メグ・ベレスフォードは、あなたを利用して何かを成し遂げようとしているってことは、ご存知かしら?」
思いもかけなかった人物の名前が出た。そうだ。彼女を目の前にしてから、ずっとその名前が脳裏に張り付いていた。何しろ、目の前の彼女とメグには似通った雰囲気があった。それも顔の造形に限ってだが。それにしても、メグに似た顔の彼女がメグの思惑を暴露しにきてくれるとは思わなかった。だからこそ、信憑性も増すというところが狙いなのだろうか。だとしたら、彼女自身は信用しきれるのか。
「どういうことですか?」
訝るのを隠さずに訊ねると、彼女は首を横に振った。
「お可哀想に、あなたは完全に騙されているのね。ひどいことをするものだわ」
妙に演技がかったそれを、ヒューバートは信用しきれずにいた。丸きり隠さずにいると、彼女は面白いものでも見つけたように目を輝かせる。それが何だか癪に障る。
「メグが戻ってきたら伝えてちょうだい。あんな小細工でこの私が騙し通せると思ったら大間違いだって」
踵を返した女性に、思わず声をかけた。
「待ってください、あなたは一体誰なんですか?」
「それで通じるはずよ」
それだけ言い残した女性は、そのまま演習場を後にする。なるほど、勝手は分かっているらしい。それにしても軍の関係者とは思えなかったが。彼女が消えた後、何人かの士官が演習場から姿が見えなくなったことに気づいたのは、少し後になってからだった。
#TOG #-第一話
「失礼、ヒューバート・オズウェル君っていうのは、あなたかしら?」
背後からの声に驚き、振り返る。どこかで見たような顔をした女性が、にこやかにこちらを見ていた。
「え? ええ……そうですが。ここは一般人の立ち入りは禁止しているはずですよ」
「ええ、知っているわ」
頷いた彼女は、ヒューバートに近寄ってくる。手慣れた仕草でヒューバートの腕を肘から手首まで流れるように撫で付ける。女性からそんな扱いを受けることがないではないがーーそしていつまで経っても慣れることはないがーー、彼女の場合は少し違う。じっとヒューバートの手首あたりを見つめている。
「何ですか?」
慌てて手を背後に隠した。女性はぱっと手を引き、またにこりと愛想笑いをする。
「一つ、あなたに忠告をしておこうと思って」
声を落とした彼女は、穏やかな声音のまま真剣な表情に変えて続ける。
「メグ・ベレスフォードは、あなたを利用して何かを成し遂げようとしているってことは、ご存知かしら?」
思いもかけなかった人物の名前が出た。そうだ。彼女を目の前にしてから、ずっとその名前が脳裏に張り付いていた。何しろ、目の前の彼女とメグには似通った雰囲気があった。それも顔の造形に限ってだが。それにしても、メグに似た顔の彼女がメグの思惑を暴露しにきてくれるとは思わなかった。だからこそ、信憑性も増すというところが狙いなのだろうか。だとしたら、彼女自身は信用しきれるのか。
「どういうことですか?」
訝るのを隠さずに訊ねると、彼女は首を横に振った。
「お可哀想に、あなたは完全に騙されているのね。ひどいことをするものだわ」
妙に演技がかったそれを、ヒューバートは信用しきれずにいた。丸きり隠さずにいると、彼女は面白いものでも見つけたように目を輝かせる。それが何だか癪に障る。
「メグが戻ってきたら伝えてちょうだい。あんな小細工でこの私が騙し通せると思ったら大間違いだって」
踵を返した女性に、思わず声をかけた。
「待ってください、あなたは一体誰なんですか?」
「それで通じるはずよ」
それだけ言い残した女性は、そのまま演習場を後にする。なるほど、勝手は分かっているらしい。それにしても軍の関係者とは思えなかったが。彼女が消えた後、何人かの士官が演習場から姿が見えなくなったことに気づいたのは、少し後になってからだった。
#TOG #-第一話